鬼才村山直儀が「楊貴妃」に挑戦した。村山の美的興味は、ついに中国唐代の伝説的美女楊貴妃(719-756)へと向かった。綿密な中国取材を通して描かれたこの新作では、明らかに村山に様式的な変化がみられる。これまで背景について意図的に排除してきた村山だが、今回は全体を非常に装飾的に描いている。金色がふんだんに使われ、鳳凰や小鳥が五線譜の上を跳ねるように配置されている。 カンバスの奥からはふくよかな音楽が聞こえてくる。心地のよい胡弓の響きだ。いったいこの変化はなぜもたらされたのか。
唐代の美人というものは、概ねふくよかな美人である。しかしここで村山は、スレンダーな楊貴妃を描いて、村山特有の固定概念に囚われぬ眼が冴えている。ここには肉感的で妖艶な楊貴妃はいない。理知的でどことなく百済観音の面影にも見える。
村山はこの絵について一言、「現代の観音様を描きたかった」とだけ語った。画の下側を見ると、ベージュ色の雲のようなものが見える。中尊寺蓮をデフォルメしたものだという。中尊寺蓮は、平泉の中尊寺金色堂にある泰衡の首桶の中から発見されて800年ぶりに開花した神秘の蓮だ。
楊貴妃には、源義経と同じく不死伝説がある。何と日本に渡って来たというものだ。山口の萩市には、楊貴妃が流れ着いて、そこで亡くなったという言い伝えが残っている。真意のほどは不明だが、日本に流れ着いた楊貴妃という絶世の美女を日本人が暖かく迎えその菩提を弔ってきたという話には限りないロマンがある。 新しい村山芸術の展開がここから始まるのだろうか・・・。(佐藤弘弥)